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canon 5D EF24-105mm F4L IS USM PL Filter

伝承によると、真言宗の開祖空海が、生まれの地である讃岐国と京の都を往復する際、小豆島にしばしば立ち寄ったという。この小豆島の各所で修業、祈念を行なったという。
1686年(貞享3年)、小豆島の僧侶たちで、この空海の修業、祈念の場を整備したのが小豆島八十八ヶ所霊場である。


豊島 唐櫃
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canon 5D EF24-105mm F4L IS USM PL Filter
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by takechihome | 2010-11-16 20:21
中山農村歌舞伎
国指定重要有形民俗文化財(昭和六二・三・三)
小豆郡小豆島町中山1487番地 中山地区

南に面する春日神社に相対して、舞台はその北側に位置している。
建築の様式は芽葺き寄棟造り平入りで、屋根の下部は四方に瓦を葺いた 「四方蓋造り」になっている。
伝承によると天保年間以前、金丸座の前身の舞台を参考にして再築されたといわれる。
建物の間口は12.24メートル、奥行き10.15メートル、舞台の間口は9.86メートル、 奥行きは8.8メートル。
回り舞台、ブドウ棚、二重台、スッポン、セリを備えている。
回り舞台は牛で回した時もあったという特異なもの。
花道は上演の際に設置され、奈落は楽屋に一部使用している。
衣装は五百数十点を数え、安政六年在銘の衣装箱、文政二卯年(1819)奥山の 氏子在銘のかつら箱の他、根本、丸本、貴抜き、かつら、ふすま等、数々の 大道具、小道具を備え付けている。
見物席は、ゆるやかな斜面を利用し、石積みで段々に仕切られている。
観客はワリゴウ弁当を開き、酒を汲み交わしながら舞台に声援を送って見物するのである。
祭礼は、10月10日、古くは旧の9月3日。肥土山農村歌舞伎の祭礼は、5月3日。

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canon5D Canon EF 24-105mm f/4 L IS USM
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by takechihome | 2010-11-13 19:53
鳳凰堂
天喜元年(1053年)の建立。浄土式庭園の阿字池の中島に東向きに建つ。本尊阿弥陀如来像を安置する中堂(ちゅうどう)、左右の翼廊、中堂背後の尾廊の計4棟が「平等院鳳凰堂」として国宝に指定されている。中堂は入母屋造、裳階(もこし)付き。東側正面中央の扉を開放すると、柱間の格子は本尊の頭部の高さに円窓が開けられており、建物外からも本尊阿弥陀如来の面相が拝せるようになっている。阿弥陀如来の住する極楽浄土は西方にあると信じられており、池の東岸(あるいは寺の前を流れる宇治川の東岸)から、向かい岸(彼岸)の阿弥陀像を拝するように意図されたものである。中堂の屋根上には1対の鳳凰(想像上の鳥)像が据えられているが、現在屋根上にあるのは複製で、実物(国宝)は取り外して別途保管されている。本尊阿弥陀如来像(国宝)は仏師定朝の確証ある唯一の遺作。本尊を安置する須弥壇は螺鈿(らでん)や飾金具で装飾され、周囲の扉や壁は極彩色の絵画で飾られ、天井や柱にも彩色文様が施されていた。長押(なげし)上の壁には楽器を奏で、舞いを舞う姿の供養菩薩像の浮き彫り(現存52体)があり、本尊の頭上には精巧な透かし彫りの天蓋(てんがい)を吊る。現在、壁画は剥落が激しく、柱や天井の装飾は色あせ、須弥壇の螺鈿は脱落しているが、創建当時の堂内は、当時の貴族が思い描いた極楽のイメージを再現した、華麗なものであったと思われる。なお、「鳳凰堂」の呼称は江戸時代からで、当初は「阿弥陀堂」あるいは単に「御堂」と呼ばれていた。日本の10円硬貨には平等院鳳凰堂が、一万円紙幣には鳳凰堂の屋根上に飾られている鳳凰がデザインされている。
LeicaM8Leica 16-18-21mm f/4 Tri-Elmar ASPH
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観音堂
境内北側、表門を入って左側に建つ。鎌倉時代初期の建築で本堂跡に建てられた。国の重要文化財に指定されている。本尊十一面観音立像(平安時代後期)を安置していたが、現在は鳳翔館に移されている。
LeicaM8 Leica Summicron-M 28 mm f/2 ASPH
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宇治のアトリエ(設計:長坂大/Mega 宮城俊作)
LeicaM8Leica 16-18-21mm f/4 Tri-Elmar ASPH
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by takechihome | 2010-11-12 21:39
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canon 5D EF70-200mm F2.8 IS L USM
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「母型」内藤礼 2010年 地下水、コンクリート、石、リボン、糸、ビーズ 写真:森川昇

内藤礼 記者会見
http://www.youtube.com/watch?v=BrBPOZIiDQ4&feature=player_embedded

内藤礼 豊島美術館記者会見

 アートは人間の言葉の領域とは必ずしも重ならない所にあるものなので、言葉でアートを語ることは非常にむなしいし、矛盾して難しいことではあるのですが、言葉を探してみます。
 
 私は、ずっとたった一つのことをアートの主題として仕事をしてきました。
それは、地上の生がそれ自体で祝福であるのだろうか、ということです。そして今回創った空間に対しては、私は母型という言葉を与えることにしました。母型という言葉を英語だとmatrixですが、私が母型ということ言葉をいつ頃、初めて、見かけたのか覚えていないのですが、ある時期初めて私の言葉の体験として出会ったときがあって、そのときこの言葉は、例えば私がこれまで作品につけてきたタイトルである、地上に一つの場所だとか、温情だとか、返礼であるとかそう言う言葉と同じ何かを持っているものだと感じました。
 
 母型という言葉をほかの言葉で少し言ってみるとすると、それはやはりまずは、おんなや母に通じている何かでありますし、そしてあらゆる存在を生んで育む空間でありますし、あらゆる自然、それは外からやってくる自然でもあるし、自分の内側からやって来る自然、その自然をありのままに受容しようとする器、そう言う何か原型のような空間なのではないかと借りの言葉にしてみると自分の中では思ってきています。作品を言葉でなく作品にしていくということは、そのことを知っていくことでもあります。私と空間がどちらが先にあったのか、どちらがどちらを生んだのかも自分でもさっぱりわからないような不思議な感覚に包まれています。
 
 美術館の構想を最初に福武理事長にお伺いしたときに、西沢さんもおっしゃっていたのですが、建築と自然とアートの一体化ということをお聞きしました。
それは私にとっては少し驚いたことではあって、私自身数年前から至情の生は祝福で、それ自体で祝福であるのだろうかと考えていく中で、至情の世界との連続性と言うのが、祝福についての問いに、問いの何かを教えてくれる一つのものではないかと感じ始めていて、そのことについて集中していたこの4、5年間だったんです。
そのことは、空間の中に私の作品を捧げて、形になっているかと思いますが、幸福とか祝福というものは何か個別的に存在しているものではなくて、ある連続性というかその関係性、その動きや変化、あらかじめ予測のできない自分も含め、人を超えたところに隠れていて、たまに顔を出すというそういう、ある意味動きのようなものだろうと私は感じていて、そのことをこの作品を創りながら考えていました。

 例えば、空間の中にリボンが下がっていますが、その動くリボンをみたときに心の中に起きる、生まれる感情というのは、ただリボンを切って机の上においただけで起きるものでもないし、風をみている、肌で受ける感じものでもないし、西沢さんの開口部を眺めているだけで感じるものでも、空を眺めて感じるものでもなくて、そのすべてがそこにあったときにそのリボンでも建築でも風でも光でもない何か動きでもない輝きでもない何かをすべての連続性、その関係の中で人は感じ取っているんだろうと思います。それは水の動きの中にも全く同じことが言えます。
 
西沢さんとの建築との出会いですけれども、一人の建築家と一人のアーティストとの出会いとして、建築空間が生まれるのと同時に作品を創っていくというのは初めての経験で、私の仕事の一番の中心にあるのは、空間についての仕事だと思っているのですが、空間に、私が入っていって何か行為を行うわけですが、造り変えるだとか、私はアートは自己表現だと思っていないので、自分をそこに表現するために空間と関わっていくのではなくて、それは空間というのは豊島の自然そのものと考えてもいいし、西沢さんの建築空間そのものと考えてもいいし、この豊島美術館という施設そのものの意味と考えてもいいのですが、目の前にある空間と言うものが何かの理由で、すばらしいものが隠されることがないように、隠れてしまうことがないように、裸にしていくというのが私にとっての空間の考え方で、隠してしまうというのは人間の心の方かもしれないのですが、

私にとって空間の中に作品を創るという言葉は適切ではないのですが、空間に関わるということは、その空間が元々持っていたものに近づく、元々持っていた善いものに気がついてそれがなるべく本当の形で出てくるようにすることが、私にとっての空間の仕事であり、私が空間と指すものというのはそういう空間です。


 
 
 内藤礼にとってアートの原点は、ある意味「幸福」とか「祝福を」探すことその行為であるといっているかのようである。それは言葉で表現できるようなものでもない。
その行為は、この作品では、この地上にある「生」をいかに大切に引き出していくか。あえて彼女は「母型」と名づけている。
周りの環境との関係性なくしては存在しないものだと。
またその「場」の真実性に近づき、もともとあった善きものが本当の形で湧き出てくるようにする行為であると。
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by takechihome | 2010-11-04 20:41