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Wiener Musikverein

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canon 5D EF24-105mm F4L IS USM

2008年4月 念願の学友協会ホール Daniel Barenboimのピアノソロ
ウイーンフィルが聴きたかったが、スケジュール上叶わず。世界でも最高のシューボックス型の代表コンサートホール。ボイムの演奏中ピアノの高音域でハウリングが生じていた。壁面、天井の装飾により拡散音が生じているように思うが、観客、シートによる吸音がかなり効いて、残響はかなり短いホールのように感じた。

http://www.musikverein.at/
ウィーン楽友協会(ヴィーナー・ムジークフェライン ドイツ語:Wiener Musikverein)は1812年設立されたオーストリア・ウィーンにあるクラシック音楽関係者による団体およびその本部の建物。ただし大ホールは1870年に建設された。日本では「楽友協会」と呼ばれることが多い。

19世紀のメンバーには大作曲家ヨハネス・ブラームスなども名を連ねている。特にブラームスは協会主宰のコンサートで指揮を振り、小ホールで自身のピアノ作品の初演を行なっている。このため1937年に彼の功績を称え、小ホールが「ブラームス・ザール」と名づけられた。現在のメンバーにはロリン・マゼール、アルフレッド・ブレンデルなど。

大ホールは通称「黄金のホール」と呼ばれ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地として知られる演奏会場である他、同じ建物に資料室や出版社、ベーゼンドルファー(ピアノメーカー)などが同居している。
wikipedia

建築美術家は、コペーンハーゲン生まれ、1891年にウィーンで没することになるTheophil Hansen「テオフィル・ハンセン」。彼はウィーンの美術アカデミー出身、アテネでギリシア古典建築を学んだために、アテネにも彼の作品が残ってます。ハンセンの建物はウィーン中にたくさんあり、楽友協会の他に国会議事堂、証券取引所、美術アカデミー等がよく知られています。彼の作品にはギリシア古典の影響が見られ、国会議事堂はその典型です。

皇帝フランツ・ヨセフの援助で造られた楽友協会は、造られたそのときから現在に至るまで、そしてそれが存在し続ける限り、音楽家による音楽家のためのホールとして世界最高の音響と、聴衆!を持ち続けています。

ホール内部は、音響上一番有利とされる木造に、金箔の輝かしい響きが加えられました。さらに、床を2重構造にすることにより共鳴箱としての機能を加え、宙づりの天井は響きへの共振を考えて作られたものでした。幸運なことに、楽友協会完成直後にすぐ横を流れるウィーン川に蓋がされ、その大きな坑道が巨大な共鳴空として機能するようになりました。

今では130年以上弾き込まれたバイオリンの名器にたとえられ、名実共に世界一のコンサートホールとして知られてます。

Theophil Hansen
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wikipedia
建築家テオフィル・フォン・ハンセン(Theophil von Hansen)は、1813年7月13日にコペンハーゲンで生まれ、アテネで建築を学びました。アテネでの8年間の滞在の後、1846年、ウィーンにやってきました。

彼は、19世紀のウィーンで建築家として活躍し、多く建造物の建築を請け負いました。彼が設計した有名な建物では、例えば、楽友協会(Das Haus der Wiener Musikfreunde)や国会議事堂(Parlament)、エプシュタイン宮殿(Palais Epstein)、証券取引所(Börse)などがあります。国会議事堂は特に、彼がアテネで建築を学んだことがよく分かる作品です。

ハンセンは1891年にウィーンで亡くなっていますが、今日でも、国会議事堂の入り口に彼の記念碑が立っています。


Today's CD
バッハ:平均律クラヴィーア曲集 全曲
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by takechihome | 2011-01-22 21:14