ブログトップ

DAY BY DAY

takechi59.exblog.jp

my life

Theater an der Wien

e0203309_20595227.jpg
e0203309_210682.jpg
e0203309_2101993.jpg
e0203309_2103622.jpg
e0203309_2105586.jpg
e0203309_2111179.jpg
e0203309_2113864.jpg
e0203309_2114811.jpg

canon5D EF24-105 IS USM

2008年月5日
4日に引き続きコンサート三昧。ウイーンフィルとピアノ、指揮がダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim, 1942年11月15日 ブエノスアイレス - )はアルゼンチン出身のユダヤ人ピアニスト・指揮者。現在の国籍はイスラエルである。
 盛大な拍手に迎えられて登場したマエストロ・バレンボイムは指揮棒を持ち、ピアノは弾かず、まず前段としてフランツ・リストによるカンタータ「ベートーヴェン百年祭に寄す」(Introduction to the Cantate "Zur Säkularfeier Beethovens" , Adagio from op. 97)が演奏されました。
 ベートーヴェンのピアノ・コンチェルト3番と4番  66歳のバレンボイムには思えないほど、エネルギッシュな演奏と指揮でした。 

アン・デア・ウィーン劇場(アン・デア・ウィーンげきじょう、Theater an der Wien)は、オーストリア・ウィーンにある歌劇場。ミュージカルやオペラを上演する劇場として、1801年の開館以来、多くの市民・観光客を集めている。ウィーン劇場協会(Vereinigte Bühnen Wien)に加盟しており、運営はウィーン市の100%出資企業であるウィーン・ホールディング(Wien Holding)が担当する。

市内中心部、ウィーン6区(マリアヒルフ)のリンケ・ヴィーンツァイレ(Linke Wienzeile、ウィーン川左岸通り)沿いに位置する。劇場名の「アン・デア・ウィーン」とは「ウィーン川に面した」という意味であり、ドナウ川の支流で劇場の傍を流れるウィーン川に由来するものである。今日では、ウィーン川は劇場付近が暗渠化されており、直上はナッシュマルクトと呼ばれる市場になっている。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのオペラ『魔笛』の台本で成功したエマヌエル・シカネーダーが、1791年に皇帝の認可を受け、建築家フランツ・イェーガーによる帝政様式の設計をもとに1798年より建設を開始、1801年に落成した。当時の建物は限られた部分しか現存しておらず、ミレッカー通り(Millöckergasse)に面した「パパゲーノ門」(Papagenotor)はその一部である。これは劇場を建てたシカネーダーを記念する門であり、『魔笛』で自ら「パパゲーノ」役を演じるシカネーダーと、彼と共に出演した3人の息子たちの姿を見ることができる。

開館よりほどなくしてシカネーダーは破産し劇場を手放すものの、保持していた皇帝の認可によって芸術監督の座を守り、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンを音楽監督として招聘。ベートーヴェン作のオペラ『フィデリオ』などを上演した。劇場内には、ベートーヴェンを記念する部屋が残っている。

19世紀には、劇場はヨハン・ネストロイなどに代表されるウィーン大衆演劇(Alt-Wiener Volkstheater)、その後ヨハン・シュトラウス2世やフランツ・レハール、カール・ミレッカーなどによるオペレッタ作品を数多く上演して、ウィーン市民の人気を博した。世紀末ウィーンとも重なるシュトラウスの時代は「オペレッタの黄金時代」、レハール・ミレッカーの時代は「銀時代」と呼ばれる。

第二次世界大戦後、 劇場は空襲の被害を受けたウィーン国立歌劇場の代替としての役割をしばらく担った。カール・ベームの指揮で『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』といったモーツァルトオペラ作品が上演され、その一部は録音が残されている。

しかし、国立歌劇場が移転・再オープンした1955年、劇場は安全上の理由で一時閉鎖を余儀なくされた。数年間利用がされないまま、劇場を大駐車場に転換する計画も浮上するなど、一時は閉館の危機にあったものの、結局は存続が決まり、最新の設備を導入、改装を施してミュージカル劇場として生まれ変わることになった。

1962年より、劇場は毎年5・6月に開かれる文化フェスティバル「ヴィーナー・フェストヴォッヘン」(Wiener Festwochen)のメイン会場となっている。なお、ハンス・クナッパーツブッシュがヴィーナー・フェストヴォッヘンで指揮した映像のDVDは、この劇場で収録されたものである。

劇場はその後、ミュージカル公演の会場として有名になった。これは1983年より総監督を務めたペーター・ヴェックによるところが大きい。ヴェックのもと、1983年にアンドリュー・ロイド=ウェバー作『キャッツ』のドイツ語版初演がこの劇場で幕を開けた。心理学者ジークムント・フロイトの生涯を描いたエリック・ウルフソン作『Freudiana』こそ芳しくなかったものの、ミヒャエル・クンツェとシルヴェスター・リーヴァイによる『エリザベート』は500万人以上の観客を集める大ヒットを記録し、全世界で史上もっとも成功したドイツ語ミュージカルとなった。2003年秋の再演の際には、オーストリア国内で記念の郵便切手が発行されている。

『エリザベート』のロングランヒット後は、同じくクンツェ・リーヴァイのコンビによるミュージカル『モーツァルト!』が1999年10月より2001年5月まで上演された。この作品は「2000年最優秀ミュージカル」に選出された。

Today's CD
e0203309_21293771.jpg
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37/ピアノと管弦楽のためのロンド 変ロ長調 WoO.6/モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466 ウイーン交響楽団
巨匠リヒテルが60年前後に残したベートーヴェンとモーツァルトのピアノ協奏曲。ともに短調の協奏曲が選ばれているこのディスクでは、壮年期のリヒテルの厳しい音楽づくりが実感できる。
[PR]
by takechihome | 2011-01-25 21:34