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Sloe city 'citta slow'

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photo by wikipedia

About Cittaslow Organization
The Movement of cittaslow was born in 1999 through the Paolo Saturnini’s brilliant intuition , past Mayor of Greve in Chianti, a little town of Tuscany.

The new idea of considering the town itself and thinking of a different way of development, based on the improving of life quality , moved him to spread his thoughts all over our country. Fastly his ideals were endorsed by Mayors of towns of Bra ( Francesco Guida) , Orvieto ( Stefano Cimicchi) and Positano ( Domenico Marrone )as well as they met later the president of slow food Carlo Petrini’s support. The main goal of cittaslow , was and still is today, to enlarge the philosophy of Slow Food to local communities and to government of towns, applying the concepts of ecogastronomy at practice of everyday life.

Municipalities which join the association are motivated by curios people of a recovered time, where man is still protagonist of the slow and healthy succession of seasons , respectful of citizens’ health , the authenticity of products and good food, rich of fascinating craft traditions of valuable works of art, squares, theaters, shops, cafés, restaurants, places of the spirit and unspoiled landscapes, characterized by spontaneity of religious rites, respect of traditions through the joy of a slow and quiet living.
http://www.cittaslow.net/

20世紀は、世界各地でグローバリズムを背景にした都市の肥大化や画一化が進んだ。そこで近年、これを見直す「まちづくり」が盛んになった。約10年前にイタリアで誕生したスローシティー運動(伊語でCittaslow, チッタズロー)もそのひとつ。地域性や持続可能性を重視して、住民が主体的にまちづくりにかかわろうとする運動だ。日本も近年、まちづくり行政の理念を縮小均衡にシフトしている。したがってこの運動から学べる教訓も多いものと思われる。

 グローバル化や都市化を背景とする地方都市の衰退は、世界各国で共通する現象といえる。かつてはイタリアもこの問題に直面していた。1960年代のイタリアでは、冷害や輸入農作物の影響で、農業が大きなダメージを受けた。そこで、職を失った農業従事者が都市に移住。地方都市の過疎化が進行した。

 ところが20世紀末のイタリアでは、逆に地方都市を見直す機運が高まった。具体的には、都市生活者や外国人による地方移住が盛んになったのだ。これには様々な要因がある。まず第1に地域社会に根ざした協同組合が大きな力を持っており、これが地方都市での雇用を下支えしたこと。また第2には中小企業の連携的組織が、地方都市の産業力や情報発信力を高めていたことがある。

 この動きにうまく合致したのが、かの有名なスローフード運動だった。運動が生まれたのは1986年。創始者はイタリア北西部にある小都市ブラ(Bra)でジャーナリストとして活動していたカルロ・ペトリーニ(Carlo Petrini)氏。運動のきっかけは、マクドナルドによるスペイン広場(ローマ)への出店計画に抗議するキャンペーンだった。同運動ではファストフードを「グローバル化を象徴する存在」「地域の食文化を脅かす存在」として捉え、そのアンチテーゼとしてスローフードという造語を生み出した。この運動が地域文化の見直しという大きな流れを作った。

そしてスローフードに始まるスロームーブメントは、食以外の分野にも拡大していくことになる。つまり「地域文化に根ざした多様で自律的な社会」を模索する運動について、スローの語が冠されるようになったのだ。日本で独自に定着したスローライフ概念も、この一種と捉えることもできる。

 その意味でスローシティーは、まちづくり版のスロームーブメントだと言える。母体となったのは、ほかならぬスローフード運動だ。1998年にイタリア中部の小都市オルビエト(Orvieto)でスローフード運動が年次総会を開催。そこに集まったオルビエト、ブラ、グレーベ・イン・キャンティ(Greve in Chianti)、ポジターノ(Positano)の各首長が意気投合したところから、組織的な運動が始まった。運動の中心となったのは、当時オルビエトの首長だったステファノ・チミッキ氏(Stefano Cimicchi)である。

 スローシティーの概念をひと言で説明するなら「住民にとって住み心地のよい小都市づくり」となる。地域における独自文化や伝統産業、さらには持続可能性などを重視したうえで、住民が主体的に都市や産業の「舵取り」にかかわれる環境をつくる。その軸足になるのが、住民自身が考える「生活の質や楽しさ」だ。スローシティーは、住民の感性を重視した、ボトムアップ型のまちづくりとも言える。

 同運動の実体は、世界各国の小都市をネットワーク化した協会組織である。参加資格は人口5万人以下の都市であること、州の首都でないこと、スローフードの加盟都市であることなどだ。またこのほかに大項目で6個(小項目で55個)ある指標についての評価も実施。これらをまとめたレポートで一定以上のスコアを満たすことが認証の条件となる。なおこの認証は3年毎に見直す。

 スローシティーに求められる55の指標とは次のようなものだ。まず必須項目として環境政策(代替エネルギーへの助成など)、社会資本政策(緑地整備など)、生活の質(歴史的美観の保持など)といった指標が並ぶ。また推奨項目として地元生産物の活用(食育プランなど)、ホスピタリティー(多言語による標識の整備など)、住民意識の向上(啓蒙プログラムの実施など)といった指標も並んでいる。

 協会に参加する都市は、2008年10月時点で16カ国・100都市以上にのぼる。欧州の都市が多く、本家イタリアのほか、ドイツやイギリスなどにある小都市も参加している。また欧州以外にもオーストラリアや韓国の小都市も参加している。世界遺産である海岸や映画『アマルフィ~女神の報復~』などで知られるイタリアの小都市アマルフィ(Amalfi)も、スローシティーのひとつだ。

では協会への参加によって、各都市ではどのような変化が生じたのだろう。例えば設立時の参加都市のひとつグレーベ・イン・キャンティでは、まず協会設立前の1980年代に外部からの移住が盛んになった。そこで税収が少ない同都市では「都市の規模を拡大せずに生活の質を高める」という政策を選択。その政策に合致したことからスローシティーに参加することになった。協会への参加後は、スローシティー憲章に基づくまちづくりを実践。住民の意見を聞きながらゴミ収集のルール化、歩行者道路の整備、騒音防止対策、町並みの修復などの事業を行ったという。これは不動産価値の向上にも繋がった。

 これら一連の活動で注目すべきなのは、ネットワーク化した組織が相乗効果をもたらしている点だろう。スローフードもスローシティーも、互いに異なる文化を持った都市の対等な連携が活動の軸となっている。これにより大組織としての強い情報発信力と、各都市の強い個性とが共存可能になった。このことから画一化にも標準化にも頼らない「もうひとつのグローバル化」の可能性も感じさせる。

 さてスローシティーに似たトレンドは、日本にも存在する。そもそも日本の都市行政が近年では「均衡ある発展」から「縮小均衡的なコンパクトシティーの実現」に移行している。まちづくり三法(都市計画法、大店立地法、中心市街地活性化法)の2006年改正(一部指針改定)でも、歩ける範囲を生活圏とする小都市の整備を志向している。都市の無秩序な拡大(スプロール現象)を防ぐ観点では、スローシティーとも共通する部分がある。

 一方、日本版スローシティーを提案する動きもある。都市問題の研究者、久繁哲之介氏は書著『日本版スローシティ』(学陽書房、1998年4月)などでこれを提唱。対象都市の人口を5万人以下に制限しないこと、食文化に限らず独自文化を持つあらゆる都市を対象にすること……などの条件を掲げ、それらの振興可能性を論じている。同氏が提唱するスローシティーの条件にはヒューマニズム、スローフード、市民の主体的な関与、交流、持続性といった項目が含まれる。この定義に従うと、地方都市のみならず都市に内在する過疎地区なども、議論の対象に含めることができる。

 世界のまちづくり手法を概観すると、そのトレンドが「似た方向に」変化していることが分かる。具体的には住民主体、縮小均衡、文化の尊重、差異を内包できるネットワーク、持続可能性といった方向性だ。このうち日本のまちづくりで圧倒的に足りないと思われるのは、住民主体やネットワーク化などの観点だと思われる。地方自治における財源や権限の問題のみならず、地域の精神的自立もこれまで以上に求められる時代であるようだ。

もり・ひろし
新語ウォッチャー。1968年、鳥取県出身。電気通信大学を卒業後、CSK総合研究所で商品企画などを担当。1998年からフリーライターに。現在は新語・流行語を専門とした執筆活動を展開中。辞書サイト・新聞・メルマガなどで、新語を紹介する記事を執筆している。NPO法人ユナイテッド・フィーチャー・プレス(ufp)理事。

by BIZ COLLAGE

スローシティの評価基準:
  ・環境保全
  ・市民に便利な街のインフラ
  ・都市計画
  ・地域産物の利用流通促進
  ・観光・保養客へのもてなし
  ・市民の意識
  ・景観の質 など

Today's CD
イマージュ クラシーク~バッハ
オムニバス(クラシック) (アーティスト), オーマンディ(ユージン) (指揮), メルステッド(リンダ) (演奏), ブリュッヘン(フランス) (演奏), アントルモン(フィリップ) (演奏)他
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by takechihome | 2011-02-06 20:17