BMW ISSETA





イタリア、ミラノ近郊で戦前、冷蔵庫、ラジエーター、ウォーターヒーターを生産していたイソ社(ISO SpA)は第二次世界大戦後まもなくスクーター、400ccまでのバイク、小さな3輪バンやトラックの開発を始めました。そして革新的なエンジニア・Mr.Pretiはスクーターエンジンを形を整えた冷蔵庫につなげ、窓や座席などを取り付けた2人乗用の小さな車を提案しました。このコンセプトを元にイソ社は1953年Turinモーターショーに「Isetta」(小さなイソ)を発表しました。その後、またたく間にこの小さな車は市民のタウンカーとしてヨーロッパ内でブーム的な人気を誇るようになりました。
イソ社は1958年まで生産を続けたがイタリア国内においてはあまり著しい成功はしませんでした。そしてライセンス契約をドイツBMW・フランスVELAM・スペイン・ベルギー、ブラジルなどと結び、各社独自に改良を重ね、最終的にはドイツBMW社がイセッタ生産のメインとなりました。BMWは1955年4月、「イセッタ250」を発売。後ろに2本のタイヤが並んだ4輪タイプとイギリス用3輪タイプ(ブライトンイセッタ)はその年の終わりまでには約1万台以上を販売し経営難であったBMWはイセッタの大ヒットにより立て直されました。BMWのイセッタ生産の成功は元々の2ストロークエンジン・236ccから彼らのモーターバイク・R25、4ストローク・シングルシリンダーエンジンへの変更により加速力や耐久性が増した事、各部品の品質基準が他社よりも圧倒的に高かった事。実際、現存するイセッタはBMW版が多い理由には単に生産台数が他社よりも多かったというよりは高品質によるものと言われてます。イセッタはミュンヘンのBMW工場にて1955-1962年までの8間に約16万1721台が生産されその内約2万9000台あまりがイギリスで生産されました。アメリカへも約8500台が輸出されそのほとんどは300ccエンジンで主に250ccはヨーロッパ内で販売されていました。初期型の1955年~57年モデルはバブルウィンドウボディスタイルと言われ前方の小さな窓が少しだけ開閉するタイプで、57年以降モデルからはスライディングウィンドウタイプとなっており窓が以前よりも大きく横にスライディングする事により換気性は向上し、オリジナルのイソ社製のデザイン性重視より実重視のドイツスタイルに変更になったのでした。
イセッタは皆に愛されるパーフェクトデザインな小型バブルカー、1ドア、1シリンダーエンジン、1スパークプラグ、1又2本のワイパー、スライディングウィンドウ、サンルーフ、ヒーター、20-30/Lでとてもシンプルな構造で走る究極な2人乗りエコカーだったのです。
販売期間 1955年 - 1959年
乗車定員 2名
ボディタイプ 1ドア バブルカー
エンジン 空冷単気筒OHV 245cc~582cc
変速機 4速MT
駆動方式 CR(センターエンジン・リヤドライブ)
全長 2285mm(2900mm)
全幅 1380mm(1400mm)
全高 1340mm(1375mm)
ホイールベース 1500mm(1700mm)
Today's CD
New Moon Daughter [Import, from US]
カサンドラ・ウィルソン

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1996年に発表したブルーノートでの第2作。前作『Blue Light Til Dawn』もそうだったけど、ブルーノート入りしてからのカサンドラ・ウィルソンはジャズ・ナンバーだけでなく、ブルースやフォーク曲なども積極的に取り上げるようになった。
ちなに本作はオリジナルが5曲で、ほかにU2、サン・ハウス、ハンク・ウィリアムス、ニール・ヤング、さらにはモンキーズのヒット曲まで取り上げていて、まったくもって驚きの選曲だ。これに関してカサンドラは以前インタビューした時、こんなふうに言っていた。「プロデューサーのクレイグ・ストリートの意向でもあった。でも私の場合、デビュー当時はギターの弾き語りでフォークやブルースを歌っていたから、別に唐突というわけではない」。<1>はビリー・ホリデイの名唱で知られる曲だが、カサンドラはビリーにインスパイアされながらも完全な自己流で歌っていて、ビリーとはまた違った意味で感動的だ。バンジョーやペダル・スティールなどを加えた独特の楽器編成もユニーク。(市川正二)
by takechihome
| 2011-04-17 22:26

