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DAY BY DAY

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my life

仙台視察

宮城県宮城郡七ヶ浜町 海岸が近いだけに被害状況は壮絶で、数メートルの高低差が生死を分けた事も現地に行って分かった。
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応急の防波堤修復工事が行われていた。
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名取市 自衛隊による行方不明者の捜索が継続されていた。
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閖上小学校の児童、教員は当日体育館に避難するも保護者が津波を発見校舎屋上に全員再度避難して助かった。
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東北支部の懇親会に参加。宮城県地域会長渋谷尚氏、針生承一氏、渡邊宏氏
の被災状況、体験談を聞かせていただく。渋谷氏は400年間津波がこなかった荒浜、2階床上6cm間で浸水、家屋はながされなかったが、祖母をおんぶして一家5人で避難所に逃げたそうである。70世帯のうちまだ10世帯が避難所に残っているそうです。医療福祉学校の再建について地元の建築家として最善を尽くして行きたいとの報告がありました。針生氏は名取に住んでいたが、高速道路のおかげで家屋は流されずにすんだそうであるが、インターネットが不通になり仕事場を仙台市内に移したそうである。3日間は誰とも連絡が取れず、不安な毎日を過ごした。針生氏は今回の災害も行政や国のせいにせず、市民自らが賢く立ち回るよう一緒に勉強して行きたいと。もう一方会場からは、被災地にあっても住み続けていくことが大切で、みんなの英知でもって地震や津波に対向できる町を再建して行きたいと、福島の人たちと同様ふるさとを捨てることはありえない言っておりました。

Today's song
しあわせ運べるように 作詞・作曲 臼井 真

松山までの飛行機のなかで、機内で流れていた曲、阪神大震災のとき
明親小学校の教諭が作詞作曲した曲。この度の東北関東大震災に被災された地名に置き換え
歌ってあげたい曲です。

☆1.
地震にも負けない 強い心をもって
亡くなった方々のぶんも
毎日を大切に生きてゆこう


傷ついた神戸を元の姿にもどそう
支え合う心と明日への希望を胸に


響き渡れぼくたちの歌
生まれ変わる神戸のまちに
届けたいわたしたちの歌
しあわせ運べるように



☆2.
地震にも負けない強い絆をつくり
亡くなった方々のぶんも
毎日を大切に生きてゆこう


傷ついた神戸を元の姿にもどそう
やさしい春の光のような未来を夢み


響き渡れぼくたちの歌、生まれ変わる神戸の町に
届けたいわたしたちの歌しあわせ運べるように
届けたいわたしたちの歌しあわせ運べるように


☆3.
地震から10年苦しい事ものりこえ
当り前のようにすぎていく毎日を大切に生きて行こう
これからの神戸を僕たちが支えてゆこう
次は僕らが支えて行く神戸の街を


響き渡れぼくたちの歌、生まれ変わる神戸の町に
届けたいわたしたちの歌しあわせ運べるように
届けたいわたしたちの歌しあわせ運べるように
by takechihome | 2011-05-15 22:30