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日土小学校と松村正恒展・木造モダニズムの可能性 

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3月18日から6月3日まで竹中工務店東京本店 1F gallery A4にて
 八幡浜市立日土小学校と松村正恒展・木造モダニズムの可能性
  27日には、花田佳明氏と青木淳氏による講演会があります。


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東京大学生産研究所 腰原研究室制作 日土小学校に寄贈の予定
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東校舎昇降口 原寸に近い立体的パネル展示 空間疑似体験のできる工夫がなされている。
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この度の展示で初めて子どもたちが登場 
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パネルディスカッション:日土小学校の関心の高さを示すように東京でも大勢の参加者が。


コーディネーター役の松隈章氏は、日土小学校の保存再生は奇跡的な事件と捕らえている。
 思い返すと、確かにわれわれのプロセスは、決して納得のいくものでは無かった。しかし残すことができた要因はというと、まずは鈴木博之氏を中心とするワーキンググループが一丸となってボランティアで計画案を練り準備していたこと、文化財的にも貴重な50年代の木造モダニズム建築であることの認識の共有(特に花田佳明氏による日土小学校の位置づけの研究成果)、次に八幡浜市の理解もあって教育委員会、住民(改築派と保存派)、建築学会の立場で曲田愛媛大学教授、で構成する保存再生検討委員会が持たれ、住民からの要望を取り入れた保存再生案(われわれの作った基本計画案を修正すれば解決可能な案)が市に対して答申された事が大きいのではないかと思う。
 この時点で、メンバーの賀村氏、和田氏と3人で松村正恒氏の墓に参り、偉大な松村作品に手を加えることのお許しを願ったことも思い出す。
 更に、このブログで初めて公開することになりますが、答申案が出てから地元改築派の代表者の方々に毎晩出向いて市の考えと子どものために私たちが責任を持って日土小学校を再生することを説いて回った、教育委員会の梶本氏の功績があってのことをお伝えしておきたい。
 また、ワーキンググループでは今回のフォーラムに出席できなかった鈴木博之氏、東京大学腰原幹雄氏、佐藤孝浩氏(当時)、東京電機大学吉村彰氏、愛媛の賀村智氏、三好鉄巳氏もぞれぞれ役割を発揮され、最終的に誰がこの事業を担ったというよりは、全てのメンバーが最大限の仕事をしたといっても過言ではないと思います。
 直接的であれ、間接的であれ、重要文化財とならなくとも、この事業の関係者全員が子どもたちの笑顔と成長を共有できたときが私たちにとって、真の事業の終わりのようにも思う。

Today's CD
カンツォーネのすべて
オムニバス (アーティスト), ジョルジョ・ガーベル フレッド・ボングスト ボビー・ソロ ミーナ イヴァ・ザニッキ 他
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by takechihome | 2011-05-17 00:27