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興居島 島民の思いは

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高浜港からフェリーで10数分の距離に興居島がある。フェリーのデッキで、お茶をいっぱい飲む程度の時間で興居島の泊港につく。
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右手の小さな島が、ターナー島(四十島)遠方にTORAY松前工場、伊予市の行道山、谷上山を望む。
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興居島は、柑橘類の栽培が盛んで、島みかん、興居島みかん、興居島いよかんとして知られる。
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島の南部の小高い山は、伊予小富士と呼ばれ、その姿は優美である。地元では親しみをこめて、小富士山(こふじさん)と呼ぶ。瀬戸内航路では、松山入港の目標となる。飛行機も海から侵入するときは、小富士を旋回し着陸体制に入る。
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正面の島は、釣島(つるしま)人口は80人あまり。島内の給水は、海水淡水化施設に頼っている。中島汽船の、松山港(高浜港)からの西線のカーフェリーが1日1往復(上り第1便、下り第2便の変則)発着するのみで、松山港方面からの日帰り等は無理であったが、2006年10月1日から一日2往復となり交通利便性は向上した。釣島灯台は、1873年(明治6)6月15日に初点灯したが、2年近くの工期を費やした。かの、「灯台の父」と呼ばれる英国人リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計によるもの。
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島の農家の人の中には、みかん畑をお花畑に転換している人も出てきている。
 JAの興居島地区の農家らで構成する「ごご島里山作りグループ」(代表・山内カネ子さん、他20人)は毎年、段々畑を利用し島内外の小学生を招いて農業体験をする「島の学校」を開いている。
 同グループは2005年、島の景観保全や活性化を目指し地元主婦らを中心に発足。「島の学校」は、農業体験を通じて食の大切さや島の良さを知ってもらおうと4年前から始めた。年々参加希望団体が増え、今年は味酒小学校など6団体が参加する。
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旧泊小学校 現在は廃校になっている。泊まり地区の小学生は現在4人で興居島小学校に統合されている。松山市では、旧由良小学校と合わせて、民間から廃校利用を募っている。
廃校を、島の再生の拠点にならないか、島民を巻き込みこの学校を島つくりのプラットフォームになり得ないか、検討中。
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by takechihome | 2011-07-05 22:46